雑貨セレクトショップ mederu
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スパルタ教育って?
ハリボーがサッカーの合宿から帰ってきました。
20:30過ぎに駅に迎えに行くと、真赤に日焼けして目も充血ぎみで疲れ切った表情の子ども達と、同じく日焼けしたコーチが降りてきました。
コーチからは「今回の合宿はかなりきつかったと思います。相当疲れていると思うので、ゆっくり休ませてあげてください。本当に厳しい合宿だったと思いますが、その分心は強くなったと思います。」と言われました。
どれだけきつい合宿だったかは、子ども達の様子を見れば分かりました。
今回の合宿は、選手コースの強化合宿だったらしいです。(“らしい”というのは、私がちゃんと把握していなかっただけです。)
もっとゆるやかな遊びの要素も入った一般の合宿もあったそうですが、ハリボーたちはそれを選ばす、きつい選手コースの合宿のほうを選んで行ったようです。
そういえば日程が二つあり「こっちは行かないよ!」なんて言っていましたっけ。
プログラムを聞くと、朝は軽い山登りをし、それから朝食。その後マラソン、それから1試合20分の試合を10試合以上やったそうです。
ダラダラしていると学年全員で泣く子も出るほど怒られたり、夕食の量がかなり多かったそうですが、残すと罰が与えられ、翌日、残さなかった子たちは車でグラウンドまで移動する中、走ってグラウンドまで行かされるか、325号室(コーチ達の部屋?)の前に正座をさせられるのだそうです。
今時珍しいスパルタ教育的な様子に「へえー。」と興味深く聞きました。
でももちろん、殴られたり蹴られたりといった体罰はなかったそうです。
ハリボーはよく食べるほうですが何せ食べるのが遅く、普段家でも夕食に1時間はかけて悠々と食べているので大丈夫だったか聞くと、いつもタイムアウトぎりぎりでどうにか食べ終わり、罰は免れたそうです。ハリボーなりに必死に食べたのだと思います。
中には途中でもどしてしまう子や、友達のサッカーノートの上に吐いてしまったりと、なかなか壮絶な夕食だったことがハリボーの話から垣間見られました。
でも、こういった厳しい指導というのもハリボーにはとても良い経験になったと思います。一人っ子でどうしてもぬるま湯にいがちなので。(他の子より苦労している部分もあると思いますが、競争とかはあまりないので。)
「来年も行く?」と聞くと「たぶん。」と言っていました。案外、厳しい指導も淡々と受け入れていたようです。
今はこんなにサッカーを頑張っているハリボーですが、中学になったらサッカー部に入るかどうかは分からないのだそうです。皆もそう言っているそうです。
そんなもんなのだろう。
あっさりやめて、文系クラブに入ったりするのかもしれません。そのほうが似合っているような気もします。
ま、それもハリボーが自分で決めればいいと思います。やるのはハリボーなのだから、私の知ったこっちゃありません。(なんて書くと、ドライで冷たい母親のようですが、反対のつもりです。何を選ぼうが、温かい愛情で包んでいく所存です。)
話しは少し変わって…先程さらりとスパルタ教育と書きましたが、どの程度の指導を本当のスパルタと言うのでしょう?
ウィキペディアなんかで調べると、古代ギリシアの話が出てきて、全裸でムチを打たれ…なんてことが書いてありますが、もちろんそんなのは今の時代では虐待になるわけで。
体罰というのも、どこまでが体罰なのか。
今は廊下に立たされたり、正座させられるのも体罰、なんて話も聞きますが、そんなのは体罰に入らないのではと思います。(もちろん、限度はあると思いますが。)
夫とも話しました。
正座が体罰なら、自分たちが小学生時代は体罰だらけだったなと。
正座させられ往復ビンタ、なんてざらにありました。ゲンコツをもらったり、ふざけた男子が“けつバット”(お尻を思い切り野球のバットで叩かれる儀式)をされている光景もよく見ました。
でも当時のそれらに陰湿さはなく、白昼堂々と、されるほうもサラリと明るく受け入れていたような気がします。けつバットをする先生なんかは逆に人気があったりして。
私が実体験として覚えているのは、給食の準備の時には背筋を伸ばして両手を拝むように組んで無言で座っていなければならず、それが全員できている班から順に先生が「1班よし!」などと声をかけ、許可がおりた班から給食を取りに行ける、といった方式をとっていた先生がおり、ある日、班の子に話しかけられボソボソとおしゃべりをしていたら怒られ、「班全員廊下で正座!」と言われ、班の子たちと正座をしていたら先生が来て、端から順に頬をペシッペシッと叩かれていった、という記憶。私は普段あまり怒られることがなく、親からも叩かれたことがなかったのでその痛みには軽いショックを受けたのを覚えているのですが、普段から怒られ、叩かれ慣れているような男子はそんなのへっちゃら!といった様子で、ある意味頼もしく思えたものです。
あとは、中学の修学旅行のこと。このことは5年前のこの日記にも書いていました。
この話に付け足すと、私はシャンプーとリンスと目覚まし時計を規則違反で持っていき(今考えても何が悪いのか分からないけれど、しおりの持ち物欄に書いていないものを持って行ったら規則違反と怒られた時代)、目覚まし時計は、履いていたブルマーの中に入れて隠せてセーフ、シャンプーとリンスは没収されました。
違反をした者は全員板の間に正座で並ばされ、順番に理科の女教師からものさしでペシッとおでこを叩かれました。何十人もの違反者がおでこを赤くしていたのを覚えています。でもそれを勲章のように感じたのも覚えています。
今思えば全てが古きよき想い出です。
そうそう、体罰やスパルタ教育といえば戸塚ヨットスクール事件。
あの事件から体罰などに対して厳しくなっていったのかしら?
生命の危険を脅かすほど度を超すのはもちろんいけないけれど、なんでもかんでも体罰といって大騒ぎするのもどうかと思う。
その辺の“いい(ちょうどよい)加減”といったものの判断を前は個々がしていたのに、マニュアル化マニュアル化で適切な判断能力といったものが奪われ失われていったように思う今日この頃です。
雑貨セレクトショップ mederu(メデル)のホームページはこちら→http://mederu.jp/
20:30過ぎに駅に迎えに行くと、真赤に日焼けして目も充血ぎみで疲れ切った表情の子ども達と、同じく日焼けしたコーチが降りてきました。
コーチからは「今回の合宿はかなりきつかったと思います。相当疲れていると思うので、ゆっくり休ませてあげてください。本当に厳しい合宿だったと思いますが、その分心は強くなったと思います。」と言われました。
どれだけきつい合宿だったかは、子ども達の様子を見れば分かりました。
今回の合宿は、選手コースの強化合宿だったらしいです。(“らしい”というのは、私がちゃんと把握していなかっただけです。)
もっとゆるやかな遊びの要素も入った一般の合宿もあったそうですが、ハリボーたちはそれを選ばす、きつい選手コースの合宿のほうを選んで行ったようです。
そういえば日程が二つあり「こっちは行かないよ!」なんて言っていましたっけ。
プログラムを聞くと、朝は軽い山登りをし、それから朝食。その後マラソン、それから1試合20分の試合を10試合以上やったそうです。
ダラダラしていると学年全員で泣く子も出るほど怒られたり、夕食の量がかなり多かったそうですが、残すと罰が与えられ、翌日、残さなかった子たちは車でグラウンドまで移動する中、走ってグラウンドまで行かされるか、325号室(コーチ達の部屋?)の前に正座をさせられるのだそうです。
今時珍しいスパルタ教育的な様子に「へえー。」と興味深く聞きました。
でももちろん、殴られたり蹴られたりといった体罰はなかったそうです。
ハリボーはよく食べるほうですが何せ食べるのが遅く、普段家でも夕食に1時間はかけて悠々と食べているので大丈夫だったか聞くと、いつもタイムアウトぎりぎりでどうにか食べ終わり、罰は免れたそうです。ハリボーなりに必死に食べたのだと思います。
中には途中でもどしてしまう子や、友達のサッカーノートの上に吐いてしまったりと、なかなか壮絶な夕食だったことがハリボーの話から垣間見られました。
でも、こういった厳しい指導というのもハリボーにはとても良い経験になったと思います。一人っ子でどうしてもぬるま湯にいがちなので。(他の子より苦労している部分もあると思いますが、競争とかはあまりないので。)
「来年も行く?」と聞くと「たぶん。」と言っていました。案外、厳しい指導も淡々と受け入れていたようです。
今はこんなにサッカーを頑張っているハリボーですが、中学になったらサッカー部に入るかどうかは分からないのだそうです。皆もそう言っているそうです。
そんなもんなのだろう。
あっさりやめて、文系クラブに入ったりするのかもしれません。そのほうが似合っているような気もします。
ま、それもハリボーが自分で決めればいいと思います。やるのはハリボーなのだから、私の知ったこっちゃありません。(なんて書くと、ドライで冷たい母親のようですが、反対のつもりです。何を選ぼうが、温かい愛情で包んでいく所存です。)
話しは少し変わって…先程さらりとスパルタ教育と書きましたが、どの程度の指導を本当のスパルタと言うのでしょう?
ウィキペディアなんかで調べると、古代ギリシアの話が出てきて、全裸でムチを打たれ…なんてことが書いてありますが、もちろんそんなのは今の時代では虐待になるわけで。
体罰というのも、どこまでが体罰なのか。
今は廊下に立たされたり、正座させられるのも体罰、なんて話も聞きますが、そんなのは体罰に入らないのではと思います。(もちろん、限度はあると思いますが。)
夫とも話しました。
正座が体罰なら、自分たちが小学生時代は体罰だらけだったなと。
正座させられ往復ビンタ、なんてざらにありました。ゲンコツをもらったり、ふざけた男子が“けつバット”(お尻を思い切り野球のバットで叩かれる儀式)をされている光景もよく見ました。
でも当時のそれらに陰湿さはなく、白昼堂々と、されるほうもサラリと明るく受け入れていたような気がします。けつバットをする先生なんかは逆に人気があったりして。
私が実体験として覚えているのは、給食の準備の時には背筋を伸ばして両手を拝むように組んで無言で座っていなければならず、それが全員できている班から順に先生が「1班よし!」などと声をかけ、許可がおりた班から給食を取りに行ける、といった方式をとっていた先生がおり、ある日、班の子に話しかけられボソボソとおしゃべりをしていたら怒られ、「班全員廊下で正座!」と言われ、班の子たちと正座をしていたら先生が来て、端から順に頬をペシッペシッと叩かれていった、という記憶。私は普段あまり怒られることがなく、親からも叩かれたことがなかったのでその痛みには軽いショックを受けたのを覚えているのですが、普段から怒られ、叩かれ慣れているような男子はそんなのへっちゃら!といった様子で、ある意味頼もしく思えたものです。
あとは、中学の修学旅行のこと。このことは5年前のこの日記にも書いていました。
この話に付け足すと、私はシャンプーとリンスと目覚まし時計を規則違反で持っていき(今考えても何が悪いのか分からないけれど、しおりの持ち物欄に書いていないものを持って行ったら規則違反と怒られた時代)、目覚まし時計は、履いていたブルマーの中に入れて隠せてセーフ、シャンプーとリンスは没収されました。
違反をした者は全員板の間に正座で並ばされ、順番に理科の女教師からものさしでペシッとおでこを叩かれました。何十人もの違反者がおでこを赤くしていたのを覚えています。でもそれを勲章のように感じたのも覚えています。
今思えば全てが古きよき想い出です。
そうそう、体罰やスパルタ教育といえば戸塚ヨットスクール事件。
あの事件から体罰などに対して厳しくなっていったのかしら?
生命の危険を脅かすほど度を超すのはもちろんいけないけれど、なんでもかんでも体罰といって大騒ぎするのもどうかと思う。
その辺の“いい(ちょうどよい)加減”といったものの判断を前は個々がしていたのに、マニュアル化マニュアル化で適切な判断能力といったものが奪われ失われていったように思う今日この頃です。
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by mederu8
| 2012-08-21 10:19
| 日記
最新の記事
ありがとうございました.. |
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